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recipe 女同志


女は雑炊と浅漬けそれにかんずりを
全て胃の中に納めた
お腹も空いていたのだが
残すとせっかく作って頂いたのに
申し訳ないと男に伝え
食事が終わった女にお茶を入れ
少しばかりの他愛もない世間話の後に
女が自らの事を語りだした
生まれは西の地方の生まれで
名前は雪子
生まれた12月の日の朝
産声をあげた時に雪が降り始めたので
雪子と名が付けられた
男は名前をまだ聴いてなかったのだと気が付き
自分の名前はタカオだと名乗った
女はタカオさんねと言葉を零し
話しを続けた
家は小さいながらも老舗の呉服屋
両親の他に使用人や祖母が同居してる家で
子供の頃から両親が仕事で忙しく
主に遊んでくれたり何かと構ってくれたてたのは祖母だった
本を読んで聴かせてくれたり
祭りに連れて行ってくれたりしてた
花の好きな人で
生け花も祖母から習った
何かと優しく気をかけてくれる人だったが
14才の時に祖母は他界し
その3年後に母親も
17から19までは家の事は使用人と分担してやっていたが
20前の在る日父親が見た事もない女を連れてきて
彼女が今日からお前の母親になると言われた
その女は私より10才程年上の女だった
他界した母親よりは10才程若い女だった
顔を見た瞬間に合わない女だと解った
相手の女も同じ想いだっただろうけど
何食わぬ顔で
あなたが娘さんの雪子さんね
初めまして
仲良くやって行きましょうね
と微笑んでいたが眼は笑っていなかった
瞳の奥からじっと私を覗き込んでいた
女が挨拶を済ませ
家に住むようになって一月もしない内に
仲良くしましょうねは
裏返しの言葉で
仲良く出来ないの意味だった事が
あからさまになって来て
些細な事で諍いを起こす日々が始まった
女のやり方は巧妙で
怒りや憎しみそして落胆が
起爆するように
静かにセットしたり
転がしたり
日常の中に隠していた
私がそれに触れて
矛先を女に向けると
冷笑を浴びせ
神経質なのねとか
お疲れね
等と小馬鹿にした態度をとり続けた
私には冷淡な態度や冷やかな敵意を向けていたが
使用人や顧客には笑みを絶やさず
気を使っていた
立ち周りの上手さを心得ている女だった
父親に相談したが
そのうち慣れるだろうと
他人同時だから最初は上手くいかないものだと
いがみ合う女同士の根の深みを軽く見ていた
同じ船に船頭が二人居ればその事自体が問題で
一人が船から降りれれば解決する
1年ほど同居を続けたが
事情を父親にも理解して貰えず
周りからも私が一方的にその女を邪険にして居るように想われ
孤立は深まっていった
悔しいとは想ったが
私から船を降りる事に決め
自分の居場所を求める為に旅に出た
別の場所で生きる為に

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recipe かんずり


葬儀を終え暫くしてから
49日も終わった頃
夜に男が家で囲炉裏を囲み寛いでいると
雪を踏む音が近づき
家の戸を叩く音が聴こえた
戸を開けるとそこには旅姿の美しい娘が立って居た
ただ単に美しい
それだけでなく
美しさの中に翳りを帯びていた
旅の途中なんですが道に迷ってしまって泊まるとこもなく
困ってしまっていたんですが此処の明りが見えたので
立ち寄らせて貰いました
ご迷惑かと想いますが一晩泊めて頂く訳にはいかないでしょうか
無理なお願いとは承知していますが
伏せ目がちに女は言葉を紡いだ
立ち話をしてるだけだが
女の身体からは若い女の香りが漂っていた
男は断る理由も見当たらず
それよりも女に対する好奇心で心は満ち溢れた
女を家の中に招き入れ
囲炉裏の傍に座る事を勧めた
夕食は済ませたのか女に聴くと
道に迷っていたので
食事は取ってないとの事だった
男は既に夕食を済ませていたが
女の為に作る事にした
男は一人暮らしで既に両親は他界していた
食事の支度も手慣れたもので
料理をすることは男にとって日常だった
囲炉裏に鉄鍋を釣り
昆布と鰹で取った出汁を入れ
沸騰した頃を見て
夕食で作ったご飯を追加して
適度に柔らかくなったところに
刻んだ柚子の皮と細かくカットした大根の葉を散らし
締めに溶き卵を入れた
卵が半熟になったのを確認して
御椀に出来あがった雑炊を注ぎ
木製の蓮華を添え
女に手渡した
雑炊を受け取ると女は柚子の香りがいいと呟き
口に運んだ
女の口からは美味しいと言葉が零れた
それはとても自然に漏れた言葉に感じ取れた
気を使ってとかではなく
舌が感じたままを言葉にした
そんな感じだった
男は女が雑炊を味わってる間に
小皿を2つ用意した
一つは大根を薄くスライスして昆布と塩と唐辛子で
浅漬けにしたもの
もう一つはかんずり
かんずりは男の棲む地域で作られる保存用の調味料の一つで
唐辛子を雪に晒し麹等を使い発酵させたもので
液状になった唐辛子の調味料
小皿と箸を盆に載せ女の傍らに置き
それはかんずりで辛みが在り刺激的だが雑炊に入れると身体が温まる
もう一つは大根の漬けもので雑炊だけではもの足りなさを感じるので
説明をして女に勧めた
女は小さく頷き箸で大根の浅漬けを一つ摘まみ口に運んだ
小さな濁音が女の口から漏れ
美味しい御漬物ねと口元に笑みを浮かべた
ただの大根の浅漬けですよ
女の笑みに釣られ口元が綻びながら応えた
女はかんずりに視線を移して
辛そうな匂いね
これはどの程度入れたらいいの?
初めてだったら子指の爪半分くらいの量がいいと想う
辛みの感じかたは人によって違うから
少しの量で試すのがいい
じゃあ初めてだから
女は蓮華でかんずりを少しだけ掬い
雑炊に入れ軽くかき混ぜて
蓮華で口に運び込んだ
これは好きな味
私には大丈夫な辛みね
それなら良かった
少しの安堵が訪れる
勧めた食べ物が口に合わないと言われると
落胆を味わうが
口に合うと心地いい

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recipe 情報の伝達


ヤマダさん今も説明しましたが
オレは猟師ではなく牛乳屋なんですが
ジロウさんは
どうみても猟師には見えないから
解ってるよ
もしかして氷漬けにされるとでも想ってるの?
言葉に詰まってしまう
解りやすいのねジロウさんは
ねえジロウさんの知ってる雪女の話しはどんなストーリーか教えて
コップの酒で喉を湿らせ
猟に出た2人の男が吹雪に遭い山小屋で一夜を過ごすとこから語り始めた
静かに耳を傾け聞き入っていたヤマダミホは
語り終えたとたんに
ジロウさん
声のトーンを上げ
都市伝説ってご存知ですか?
え??
この話って民話じゃないんですか
正確に言うとねデフォルメされ語り継がれた
昔噺よ
ジロウさん事実ってものはね
人の口を伝わることによって変化していくのよ
それは語り継ぐ人の解釈が加わるからなのよ
お酒も頂いたことだし
私が事実に基づいた話をジロウさんにしてあげましょう
ヤマダミホはコップの酒を一気に飲み干し
顔を近づけて
静かに息を吹きかけた
何?そう感じた瞬間に
体がどこまでも沈んで行く感覚に捕らわれた
情報の伝達よ
その声が耳に届いたときには
意識だけが存在して
体の感覚は消え
見たこともない山小屋の中に居た
死の感覚かこれは
経験がないから断定はできないが
それとは違う感じがする
映し出される映画のスクリーンの中に
入ってしまい透明な存在なり
ただ傍観している
そういう状況が最も近いだろう
思考をしている最中
山小屋のドアが開き2人の男が吹雪と共に入ってきた
自分の存在は全く感じることも
触れることもできないようだ


2人とも疲れていてすぐに眠りに就いた
夜中に何かの気配に気が付き若い猟師が眼を覚ますと
眠っている年老いた猟師の上に白い服を着た女が居た
その女が白い息を吹きかけると年老いた猟師の身体は氷付いてしまった
女は男が目覚めてる事に気が付くと
男の傍に来て
囁いた
見られたからには殺さなければいけないが
お前はまだ若い殺すには惜しい命だ
約束を守るならば今回だけは見逃してやろう
お前は約束を守れるか?
はい守ります
震えながら男は応えた
此処で見た事は決して喋らない
いいな
これが約束だ
破るなよ破った途端にお前の命は消える事になる
決して誰にも喋りません口は堅い方ですから
女の口の端がきゅっと上がった
山小屋の扉が突然開き
吹雪が部屋の中に吹きつけた
顔に叩き着けられる真っ白な吹雪に顔を伏せた
次の瞬間に扉の締まる音が響き
顔を上げると女の姿は消えていた
部屋の中に残されたのは自分と氷漬けにされた年老いた猟師だけだった
翌朝山を降り村に戻った
村の人達には年配の猟師は吹雪の中倒れ亡くなったと説明した
多くの人が嘆き悲しんだが
年に数人にはそのような状況で亡くなる事があり
誰も死因については疑うものは無かった
山小屋に残された遺体は村の若い衆が引き取りに行き
村に持ち帰り丁重に埋葬された
葬儀の時に男は年配の猟師の遺体に手を合せ
焼香した時に心の中で
酷い眼に合ったね
でも成仏しておくれと呟いた

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recipe 雪女


あなた面白い事を言うのね
女は身体を起こし
あなたも起きなさい
このままじゃ話し辛いでしょう
女に促され対面で胡坐をかき座った
女は正座をしている
視線を酒の入った水筒に走らせ
それお酒の匂いがするけど
入ってるのなら頂いていい?
コップに酒を注ぎ女に手渡した
いい匂いのお酒ね
言葉を零し
酒を口に含み喉に流し込んだ
女の唇の端から少し酒が零れ顎を伝わり落ちてゆく
一息に半分程飲み終え
美味しいお酒じゃない
微笑んでいる女の顔は
美形と言うより可愛げの在る少しふっくらした顔で
涙袋が大きい
あなたも飲んだら?と女に勧められ
水筒の酒を女は別のコップに注ぎ
手渡した
寝起きの酒は軽い揺さぶりを起こす
酒のアテに女に保存用に干物に焼いた山女を勧め
自分もそれを口に運んだ
乾燥して身が硬くなってるが骨ごと齧る事ができる
山女の干物ねワルクないわね
女は山女の腹に歯を立て噛み砕き
味を堪能しながら
あなたのお名前は?
知り合ったばかりだけど名前聴いてなかったよね
そんな感じで聴いてきた
ツブラヤジロウです
ジロウさんね
私はね
酒のコップを取り
残りの酒を喉に残らず流し込み
視線をまっすぐに充て
口の端を上げ
雪女よ
公園のベンチに偶然横に座った女に
私は殺し屋と名乗られた気分だ
名前はヤマダミホ
雪女に名前が在るのは意外だった
ジロウさんお仕事は?
実家が牛乳屋でその手伝いをしてます
じゃあ円谷牛乳?
え・・知ってるんですか
知らないわよ苗字が屋号に成る事が多いから
そうじゃないかなと想って言っただけよ
なるほどね
言われてみれば単純な事だ
でヤマダさん雪女なんですよね季節的に早いような気がするんですが
まだ雪が降る季節でもないし
首を少し傾げてコップを差し出した雪女のヤマダミホに酒を注ぐと
ジロウさん雪の季節にしか雪女は居ないなんてのはね
想い込みよ
冬と共に渡り春の訪れで去って行く渡り鳥じゃあないんだからね
コップの酒を口に運び流し込んで
1年中居るのよ雪女は
それにしても美味しいお酒ね
雪女は酒が好きなのか・・
聴いた話しにそんなのは無かったのに
たしか雪女の話しの冒頭は年老いた猟師を氷漬けにし
若い猟師を見逃しただった

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recipe 夜中の女


短い夢を見たような気がする
夢を見た感覚だけが残っていて
記憶が消えている
天井を映す視界に混じるのは
囲炉裏の残り火の明りが創る
影絵に映し出されたような世界
動くもののない世界の中で
人型の影が揺れた
視線を動かすと対面の囲炉裏の傍で眠るウエダさんの上に覗き込むように女が乗っている
20代くらいの細いタイプで肩まである黒髪に
紺色の着物に帯びを締めている
見たとたんに身体がぞくっとした
山の中で夜中に着物の女
酒を飲んでる時に隣に座られたら
脈が少し早くなるくらいの期待を憶えるが
この状況だと身体に強張りを憶える
視線の先の女がウエダさんに静かに息を吹きかけると
ウエダさんの口から零れていた小さな鼾が止んだ
小屋の中は静寂が包んでいる
ウエダさんは鼾が止むと共に
存在も静かに止まった
微妙な間が流れている
見てない事にして寝たふりをして置くか
起きてと考えたが
その先の行動が想い浮かばない
女には抗えない何かが漂っている
このまま黙って此処から女が立ち去ってくれるのがベストなんだが
女はウエダさんの身体から静かに離れた
眼を閉じて見なかった事にしよう
気が付かず寝てる振りをして置く事を選んだ
他に選択はなかった
耳に残り火の燃える微かな音だけが届く
小屋の中には自分だけが存在してるような感覚だ
女の次の選択は何だろう
次は自分だろうか
それとも此処を出る事だろうか
離れた場所で音がした
扉を開ける音だ
そして静かに閉める音がした
女の選択は部屋を出る事だった
安堵が急速に身体に訪れる
怖さってのは自分に関わると怖いものだ
ウエダさんはどうなったのだろう
まさか死んでないよな
触ってみれば解るんじゃないかな
死んだら身体が冷たくなるらしいから
まずはその確認が先だ
寝た振りはもういいだろう
眼を開けた瞬間に
呼吸が止まった
眼の前には真上から覗き込む女の顔があった
驚きで声も出ないって顔ね
見てたの知ってるんだから
扉の方に視線を走らせると
閉めた扉が眼に入る
視線を外さない女が
知っててワザとやったのよ
出ていったと想い安心するでしょう
最初驚きで身体が固まったが
女の声の質のせいだろうか怖さがあまり感じられない
声に親しみや滑らかさが含まれている
同じ言葉でも冷徹だと
震え続ける事になりそうだ
もしくは突然の現実を理解できてないだけか
どうしたの?怖くて喋れない?
何か言わなければと
口から洩れた言葉が
お仕事の邪魔をしては悪いと想い声をかけませんでした
は?
女の口の端が上がり
声を漏らすように笑いだした

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recipe 怖さ


ジロウさん人も生き物も
それぞれの生きる場所が在る
そして生きる場所を変える事は簡単な事ではない
そんなとこでしょうね
残り少なくなった
ウエダさんのコップに酒を注いだ
囲炉裏の火が小さな踊りを繰り返し燃えている
酒を口に運びウエダさんは
喉を潤し
怖さって何でしょうねジロウさん
正体の解らぬものや
暴力的な相手に対して
我々は怖さを抱えてしまう
何故なんでしょうね
酒を喉に流し考えてみた
死に近づくからだろうか
それだけとは限らない
怪我をするとか
歯を抜くとか考えただけでも怖い
財布を落とす
それも怖い
多様な怖さが在る
自分に関わるとなると怖い訳だ
全く関わりがないとそうでもない
天井を眺めたが答えは浮かばない
壁に布に包まれた棒状のものが眼に止まる
中身はライフルだろう
アレに狙われたら怖い
逃げられそうにない
銃口をイメージした時に
思考が浮かんできた
そうかそういう事か
ウエダさん怖さってのは
自身が壊れる事に対する怯えではないですかね
ジロウさんそれが怖さの本質です
最近想うのですが
老いて行く事と怖さは似てる
そう感じます
同じではありませんが
静かに壊れて行く
だから受ける事が出来たり
諦めも付く
生きた果ては
何時か朽ちる事が定めですからね
ウエダさんの口から零れる口調は
とても穏やかだ
重ねた年輪を感じる
老いて行く事に対する怖さはあるのだろうけど
感じ方が違うのだろう
怯えの影が無い
年なんて放って置いても簡単に取るが
年を取って行くのは楽では無さそうだ
ジロウさんと柔らかな声が耳に届く
ウエダさんがコップに酒を注いでくれた
酒はね命の水でもあるんですよ
少しだけ長生きをさせてくれるんです
ほんとです?ウエダさん
返事の代わりに静かな微笑みをウエダさんは浮かべていた

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recipe 山


例えば山女の釣れるポイントを多くの人が知ってしまうと
そこの場所では山女は釣れなくなってしまうでしょう
そっとして置いてこそ生きる情報が山女のポイントなんですよね
ウエダさん確かにその通りです
誰もが知ってしまうと
其処の場所は荒らされてしまい
山女は居なくなってしまいます
山女のポイントは伏せて置く事が山女に取っても
釣り人に取っても良い状態です
ジロウさん情報は隠す事で生きる方が多いのですよ
秘密は打ち明けたとたんに秘密じゃなくなるに似てますね
小さな頷きを打ったウエダさんは
コップの酒を喉に流し
美味い酒だと微笑んだ
屋根を叩き続ける雨の音は既に消え
窓の外には夜が訪れている
雨は上がったようですね
ウエダさんが屋根に耳を傾けて言葉を零す
雨音が止んでますね
今日は此処にお泊まりになるのでしょう?
そのつもりです
その方がよろしい
雨上がりの山道は滑りやすく知ってる道でも夜だと
想わぬところで足を取られますから
動かない方が賢明です
ウエダさんは?
私も今日は此処に泊まります
そうですかそれは助かります
此処は昼間は良いのですが
深夜は心細くなる事があるので
誰も居ないはずの小屋の外で物音がしたりするとですね
大抵は夜行性の動物の徘徊して立てた音でしょうが
正体が解らないので気持の良いものではありません
ウエダさんが頷きながら
狐や狸なら害はありませんが
山には得体の知れない何かが棲んでる事がありますからね
山の持つ怖さですねそれは
山はね命を産む場所でもあり
命を土に帰す場所でもある
何かのきっかけで存在してた命が
突然死に傾いたりする
その死が山の養分になり命をまた生みだす
それが山の持つバランスなのか
ただ単に山が命に飢えるからなのか
それは解りませんが
突然に山は命を土に帰す
だから何処か得体の知れなさが在るんですよ
無言の破壊が突然起こるんですね
何の前ぶれもなくね
ウエダさんの言葉から
肉食獣が獲物を狩るときは音を消す
それと同じイメージが浮かんだ
ウエダさんそれに狙われたら逃げる事できなさそうですね
一度視線を下に落としたウエダさんは
夜の山と山の深い場所に近寄らない事です
それが山での身を守る手段の一つ
もう一つありました
妙な気配がする場所
昼間でも薄暗い場所とか
何となく嫌な感じがする場所
そういう場所はね
何か在るんですよ
何って説明できないんですが
本能的に感じるんです
危険とか死の匂いとかね
溜り場にあたるんでしょうね
山の淀みのね
水の流れでも淀む場所や
溜る場所在るでしょ
あれと同じですね
水でも流れている場所は濁り難いんですが
流れの淀む場所は
淀んでしまったり汚れてしまいやすい
そういう場所には
その環境に応じた生き物が棲み
そして生まれる
しかしそれは生き物に限らず
人も同じです
環境に人は染まってしまう
その環境に相応しい人間になってしまう
そこでしか生きる事が出来ないようにね
沼で生まれた鯉が海で生きる事の出来ないようなものですね


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recipe ライフル


焼き方も丁寧で身が柔らかい
時間をかけてゆっくりと焼いてある
料理は人柄が出ると聴きます
アナタのお人柄が滲み出てる
串に刺して焼いただけなので
そんなたいそうな事はありませんよ
男は小さく首を振りながら
山女はね立てて焼く
寝かせて焼けば山女の口から洩れた水分で焼き具合に締まりが無くなる
これは素材の質を知ってる焼き方です
おっしゃる通りです
以前持ち帰った山女を家の炭で焼いて立てて焼かなければ
美味くない事を知りました
私も同じ事をやりました
環境の違いかと想ったのですが
それは焼き方の違いでした
素材の活かし方の違い
素材の質を知らなかったのです
知ればどう生かすべきか見えてきますが
知らなければ生かす事が解りません
それは山女に限らずです
素材の質を生かすか
コニシさんの料理を想い出す
山女を綺麗に食べ終わると男が
お口に合うか解りませんがと
立ち上がり
ショルダーバッグの中から英字新聞に包んだ
翳りを帯びた薄いピンク色の干物のようなものを取り出した
男にどうぞと勧められ
平べったく少し硬い手触りで
食慾をそそる刺激的な香りのする
それを口に入れ
噛みしめると胡椒の混じった肉の味がじんわりと口の中に広がった
干物のエイヒレのように噛めば噛むほど味が滲みだす
魚関係の干物と比べると味に力があり
弾力のある歯ごたえを持つ柔らかさだ
これ美味いですね何を燻製にしたのですか?
男は静かな微笑みを浮かべ
鹿肉の燻製ですよ
鹿の肉かこれは
燻製に出来るとは知りませんでした
驚いたな
保存食としてね
暇な時に作ったやつです
酒やビールのアテにもなりますし
これにすれば
余分な肉が残っても無駄にする事もありませんから
余った魚を干物にするのと同じですよ
この男が獲った鹿で作ったのだろうか
自分はツブラヤジロウなんですが
なんとお呼びしたらよろしいでしょうか
ウエダジロウです
お・・同じジロウですか
そのようですね
私は次男ですから
自分も次男でジロウです
でウエダさん燻製になってる鹿はウエダさんが
獲られたのですか?
はい私が仕留めた鹿で作りました
猟銃でですか?
ライフルです
ライフルですか狩猟はショットガンで狩るものとばかり
想ってました
質問ばかりで申し訳ないのですが
ショットガンとライフルはどのように違うのでしょうか
そうですね単純に考えるなら
ショットガンは大砲
ライフルはミサイル
ライフルの方が飛距離と破壊力が大きく
精密な射撃が出来る
100m先からでも的を正確に破壊出来るのがライフル
ショットガンだと至近距離の破壊には向いてますが
長距離には向いてません
猟銃がショットガンだと想われるのはね
使用者が多いからです
ライフルは所持者が少ないんです
理由は所持の許可が降り難い
破壊力や殺傷能力が極めて高い銃なのでね
そんなに違うとは知りませんでした
一般にはあまり知られてませんからね
知られない方が良い情報でも在るんでしょう

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recipe 雨音


全ての生物は食べ続けなければ生きていけない
食べる行為が途絶えたとたんに生きるベクトルは死に向かう
如何なる理由があろうとも
そのルールは不変だ
不変のルールはもう一つある
全ての生物に死は必ず訪れる
生は死と共に在る訳だ
増えすぎない為のリミッターが生き物は
それぞれ内臓されてる
それは種によって違う
ねずみと鯨の寿命や固体数が違うように
人でも命のリミットは同じじゃないな
最大は在る程度決まってるが
適度な長さにしても人に依りけりだ
山女の串を一本食べ尽くし
コップに酒を注ぎ喉に流し込む
耳に届く雨音が緩んだ分
窓に移る夕暮れの色が濃くなった
2本目の山女の串に手を伸ばした時に
雨音の中に土を踏む音が混じるのが耳に伝わり
その音は山小屋の入り口まで訪れ消えた
微妙な間が訪れる
扉を挟み無言の対話が流れる
見えぬ相手と
この場合は
部屋の中に居る方が緊張を強いられる
引き戸の扉に手を掛ける
音が零れ
扉が横にスライドする
誰だか不明だが
人里離れた山小屋でこの時間に訪れるのは
若い女の子でない事は確かだ
扉を開けた場所に姿を現したのは
70代前後の年配の
雨具を着た小柄で柔和な顔をした男だった
こんばんわと男は声を掛け
美味そうな山女ですねと
視線を手元の山女の串に充てた
男に言われて
山女の串を右手に持ったまま固まった姿勢の自分に気が付き
良かったらどうぞと
囲炉裏の山女を勧めて
挨拶が遅れてると想い
こんばんわと男に返した
ありがとう頂きますと
笑顔を浮かべ
背中に背負っていた布に包まれた筒状の棒を置き
雨具を脱ぎショルダーのバッグと一緒に土間の壁に掛けた
雨具の下は
大き目のチョッキに上下緑色のシャツとズボンに軍足のような靴
農家でも登山家でもなさそうだ
おじゃましますと
男は断りを入れて
囲炉裏の傍の右隣に座った
バックパックからコップを一つ取り出し
酒を注ぎ男に手渡した
この季節でも雨に濡れれば冷え込みますから
酒は助かります身体が温まりますから
ご自身で釣られたのですか?この山女は
この先の沢で釣りまして
12匹が今日の成果です
ほお12匹も
山女は警戒心が強いのに12匹とは大したものですね
運が良かっただけです釣れない時は全くですから
男は小さく頷いて
自然相手ですからね
程良く焼けている山女を男に一つ手渡した
これは申し訳ありません
頂きますと
顔を綻ばせ山女を口に運んだ
いい焼け具合だ
美味いな
男の口からしみじみとした声が漏れる
自分自身の美味いは動物的だが
男の美味いは味わいの深さが沁みている
ただ座って隣で山女を味わってるだけだが
その佇まいの中に
静かなる風格を感じる


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recipe 食べる行為


コップを手元から離し
焼けたエイヒレの横に塩を盛る
エイヒレに塩を載せ口に運び
酒を口に含む
酒の味に刺激が加わる
升だと角に載せるが
コップだと酒の中に塩が落ちてしまう
口の中で混ざるのだから
同じようなものだが
口の中で混ざるのと
塩が混じった酒を飲むのでは味が違う
酒を塩で味わいながら
煙を燻す山女が焼けるのを待ち侘びる
時間をかけて魚が焼けるのを待つ
ただそれだけだが
日常の中では得る事の出来ない行為だ
生活の時間に影響が出る
他に何もやる必要がない時にだけ出来る行為
たかだか1時間程度の時間だが
魚を焼くためにだけ1時間日常生活の中で作ろうと想っても
なかなか出来ない
生活と時間に余裕があり
一人で暮らしていれば
それは可能だとは想うが
そう考えて
そんな人居るかなと記憶を探って出て来たのは
60代で余生に近い生活をしてるイワサキさん
書道を生業としてる先生だけだった
皆無に近い
つまり日常で自由に魚を1時間かけて焼く為には
60年以上の時間と生活と時間の余裕が必要って事だ
いつから人類は魚を焼く事をこんなに難しくしたんだ
きっと明治以降だ
便利な世の中に成るにつれ
人は時間の余裕を捨ててる
山女の焼き具合はそろそろだ
香ばしい香りがそれを告げる
これの日常が
60代まで据え置きだなんて
その時に在る事に気が付いた
その年齢で歯が抜けてしまってたら
満足に魚を味わえないじゃないか
なんて事だ!
長生きする事は残酷な気分も味わうのか
何時まで生きるか解らないが
歯だけは大事にしよう
イザって時に美味いものが食えないのは困る
食べる事の楽しみを奪われるのに等しい
コップに酒を注ぎ
喉を湿らせ
燻す煙を燻らせる山女の串を囲炉裏から一本掴み取る
少し焦げた背びれの辺り
塩が焼けてこびり付いた尾
焼け具合は程良い
今が食べどきだ
健康で歯と時間が在る時に想い切り食べる
それが杭を残さない唯一の手段だ
焼けて香ばしく煙る山女の腹に横から歯を突き立てた
山女の柔らかく焼けた熱い肉と塩の味が口の中に一気に広がる
焼き立ての熱が籠る山女から
食べ物のエネルギーが溢れ出てるように感じる
生きていて良かったと感じる瞬間だ
命の喜びは食べる事で感じる事も出来る
逆に食べる事から遠ざかる程
死に近づく
生きて行く事は食べる事を繋いで行く行為だ
死ぬまでその行為は続く
それは人に限らず
生物全てに背負わされてる

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